アメリカンダイナーのマグカップ

無骨で機能的ではない、ちょっと不便でつかいづらいモノも味があっていい。そう思える余裕がほしいものだ。重たくて持ちづらいこのマグカップを持ち上げるたびに、古き良きアメリカの重みを感じる。

便利さというのは麻薬のようなものだ。便利になれば、より便利なものを求める。破綻するまで終わることができない。
その便利さの恩恵をたくさん受けているわけだけど、いくつか自分なりに抵抗していることもある。アマゾンで買物をしない、ダウンジャケットを着ないといった、ささやかな抵抗。でも、友だちに探してほしいと頼まれた本がアマゾンにしかなければしかたなく買うし、こうも寒い日が続くとダウンジャケットをひっぱり出して着る。便利さに抵抗することは難しい。問題なのは、便利さに無意識になってしまうことだ。

アメリカンダイナーのマグカップは、取っ手に指を通して持つのが困難なくらい重たい。ヘビーデューティで耐久性に優れ長持ちするのは良いが、つかい勝手が良いとは言えない。無骨でゴツくて重いのが、アメリカらしい。毎日つかいたいとは思わないけど、週に一度くらいは、アメリカのダイナーで食べたモーニングを思い出しながら、たっぷり注いだ薄めのコーヒーを、この重たいマグカップで飲みたくなる。

あなたの部屋にあるモノ、あなたが身につけているモノ、それらすべて、あなたが望んだからこそ、そこにあるのだ。これから世の中をどう変化させたいのかを決めるのは、いつだって自分たちなのだ。
だからぼくは、ささやかな抵抗を続けていくことになるだろう。

 

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